村の裏、小さな森。その森の中、少し開けた場所に、小さな泉がある。 泉の真ん中には、青く光る樹が大きく枝葉を広げていて、その葉からは 透き通ったしずくが泉に降り注いでいる。 村で生まれた子供には葉の水を飲ませてその平穏な一生を願い、病の時 には泉の水を飲ませて平癒を願う。 村には一つの伝説があった。 かつて長い日照りがあった。川の水も、井戸すらも枯れ果てた。 衰弱していく老人や子供の姿に心を痛めたある青年は、神に水を願った。 神は言った。 わが庭には、雨を降らす樹がある。しかしそれは、人の身には毒になる。 その呪いを受け止める覚悟があるのなら、水を下そう。 青年は心から感謝して、呪いを受け入れた。僅かな水の代わりに、青年の 額には呪いが刻まれた。 青年の持ち帰った水は、子供や老人の命を救うには役立ったが、全ての村人の 渇きを癒すには足りなかった。 村人は青年に感謝した。そして、また青年を頼った。 人々の願いに押され、青年はまた神の門を訪れた。 水は下された。呪いは肩に刻まれた。 人々の願いは尽きず、青年は拒むことが出来ずに何度となく神の門を叩いた。 青年の体はすでに呪いに侵され、ほとんど動くことも叶わなかった。 それでもなお、村人は水を願い青年を神の門へ連れて行った。 神は村人を浅ましく思い、青年を召し上げた。 村人は乾き、ばたばたと倒れた。青年は空からそれを眺め、心を痛めた。 青年は村へ戻ることを神に願った。 神は頷かなかった。 青年がまた村人に傷つけられることは自明であったし、水がなければ、彼の心の 痛みを晴らすことは叶わない。 そう神が説いても、彼は願いを解こうとはしなかった。 雨を降らす樹を賜りたい、と青年は願った。 神は言った。 樹の降らす雨は人の身には毒であると。 その呪いを受けるものがなければ、水を飲むことは叶わないと。 私が全て呪いを受けましょう、青年は言った。 この身が朽ち果てるときまで、全ての呪いをこの身に溜めて、人々に水を与え ましょうと。 神はそれでも頷かなかった。 それは青年に永劫の苦しみを与えることで、それを神は望まなかった。 しかし青年は願った。 どんな苦しみも、痛みも、空でぬくぬくとしたまま家族が、友人が、次々と死んで いくのを見るには及ばないと。 神は青年が諦めるのを待った。しかし青年は諦めなかった。 神は青年の想いに負けて、青年を雨を降らす樹へと変えた。 物言わず、物思わぬ樹の姿へと変えた。 未来永劫、苦しむことのないように。人の思いに心乱されることのないように。 青年は村へ返された。 青年の樹は森の広場にあって、どんな日照りのときでも乾くことのない泉を作った。 青年は今でも村人たちを愛し、慈しみ、その命を守り続けている。