受信する男 ふと気付くと、私は携帯端末になっていた。自分が携帯端末になってると理解した。 ちょうど腹の部分に液晶パネルが埋め込まれていて、四肢は無く、頭から電波を送受信しているようだ。 さっきからひっきりなしに電波が飛んできて、とてもうるさい。 これが蝶のように美しく、ひらひらとしているならこんなにも苛立たなかったのではないかと思うほどに。 携帯端末になった私は、そのうるさい電波を送受信しながら、持ち主の顔をじっと見つめた。 スーツを着た男、おそらくは20代後半のサラリーマンであろうその男は、私の腹を縦横無尽になでくりまわし、つつき、電波を要求している。 無表情で。 無表情のままで。 電波がうるさい。 ああ、そういえば私もそんな顔で携帯端末を利用していたかもしれない。 電車の中、隣に座った若い女が、笑いをかみ殺しながら、何か面白そうな情報を楽しんでいる時にだって、私は仕事のメールを淡々と、この男のように無表情で処理していた。 便利な世の中になったものだ。 便利すぎて、自分がどこにいても、電波という見えない糸に絡めとられた蝶のように、獲物になったように、蜘蛛の巣にかかってしまったように、逃れられないのだな、と感じていたものだ。 私の腹をこするこの無表情な男のように、このやっかいな利便性というしがらみから逃れたくて仕方が無かった、と。 電波がうるさい。 男はひとしきり私の光る腹をもてあそぶと、私の左肩を軽く押し下げた。 私は目を閉じ、腹を光らせるのをやめた。 そうか、これがスリープ状態か。 それでも電波は潮流のように、もしくは蝿のように、私の頭に流れ込んでくる。 なにがスリープだ、私はまったく休まらない。 カメラは私の目になっているようだ。ふぅ、と溜息をつく男の顔は、スリープ状態にされても認識できた。 疲れているのだな、とすぐにわかった。 男は私を胸ポケットに仕舞うと歩き出した。 電波がうるさい。 電波が、メールを送り込んできた。 私は体を震わせてメールを受信した。 男が胸ポケットから私を取り出し、下腹をすっとなで、またその疲れた顔で私の腹を見た。 そしてすぐに、私の左肩を押し下げた。今度はずっと、さっきよりも長い時間。 私の意識はそこで途絶えた。 ……ああ、戻ったのだな、私は戻ったのだ。 冴えない男に戻ったのだ。 無表情でスマートフォンをいじる、さっきまでうるさい電波に辟易していた私の腹をなでこすっていた、あの男に。 意識が途絶えたその直後、私の意識は再び光の中に放り出された。 無機質な黒を映す液晶パネルに反射した自分の顔は確かに、さっきまでカメラで見ていたあの男の顔だ。 電波はもう、うるさくなくなった。