『奈落に在りて』 A:ナレーション的な何か1。主に闇の描写を担当。 B:少年の声を担当。 C:ナレーション的な何か2。主に少年の描写を担当。 D:ナレーション的な何か3。主に白い手の描写を担当。 A01「闇の中、少年がひとり立ちつくしていた」 B01『ここはどこだろう?どうしてここにいるんだろう?』 A02「あたりを見渡しても何もない。手を伸ばしても何も触れない」 C01「そもそも何も見えやしない。伸ばしたはずの自分の指先だって見えやしない」 A03「ここは暗がり。不条理な闇。光を求めることなかれ。光に縋ることなかれ。光が無いから闇   なのだ」 B02『おーい、おーい、誰かいませんか?この声に応える誰かはいませんか?』 C02「声は闇に溶けていく。こだますることも許されない。どこまで届いたかすらわからない」 A04「闇。ここは闇。存在を示さず、認識を与えず、観測を認めず、変容を許さず、ただ、ただ、   溶かしていく」 B03『おーい、おーい、誰か、おーい』 A05「思いよ溶けよ。形よ溶けよ。さあ、少年よ、溶けてゆけ。ゆっくり闇に溶けてゆけ」 B04『おーい、おーい……』 A06「闇に、闇に、闇に溶けよ」 D01「そっと。少年の目の前に白い手が差し伸べられる」 C03「孤独にうつむきかけていた少年は、はっと顔を上げる」 D02「それは美しい手だった。まるで雲間から差し込む一筋の月明かりのように、清らかでくすみ   の無い手のひらだった」 B04『あっ……』 C04「少年は縋るように手をつかむ」 D03「白い手は優しく握り返す」 C05「握ったその手は、あたたかだった」 B05『君は誰?』 C06「少年の問いに白い手の主は答えない。闇に隠されて顔も見えない」 D04「白い手は答えるかわりに、そっと少年の手を引いた」 A07「ここは闇。どこまでも闇」 C07「こんなところにいても仕方がない。少年は白い手に付いて歩みはじめた」 A08「長く、長く、歩み続けた。少年は闇の中をさまよい続けた。どこへ向かっているかもわから   ず、顔も知らない誰かの手に引かれて、ただ、ただ、さまよい続けた」 B06『ねえ、君は誰なの?』 C08「退屈を紛らわすべく少年が問う」 B07『ねえ、僕をどこに連れていくの?』 A09「闇はどこまでも続く」 B08『ねえ、僕は自分のことすらろくに知らないんだ』 D05「白い手の主は何も語らない」 C09「不安に駆られて少年はぼそりとつぶやく」 B09『ねえ、僕はこのまま君を信じていいのかな……?』 D06「白い手が立ち止った。震えているように感じた。強く手を引こうか、あるいは優しく指をほ   どこうか、迷っているようにも感じられた」 A10「あたりの闇がいっそう濃くなったような気がした」 C10「少年は白い手の主を見上げた。一目でいいから顔を覗きたかった。そこに優しい笑顔を見つ   けて安心したかった。」 D07「けれど白い手は腕の先から闇に覆われてしまっていて、何も見えない」 C11「少年はつないだ手を見つめた。白く穏やかに輝くこの手に比べて、僕の手の色はなんて暗い   のだろう。闇との境目もわからぬほどに、まるでその在り方から闇に溶けてしまったかのよ   うだ」 A11「闇から懐かしいにおいがした。まるで生まれ育ったねぐらのように、心に染み入るにおいだ   った」 B10『ああ、僕は一体誰なんだろう』 D08「白い手が強く握りなおしたのを感じる。ぐいぐいと僕の手を引いて、僕をどこかへ連れて行   きたがっているのを感じる。けれど、それより何よりも強く感じるのは、あせりだった」 C12「僕は手をひかれるのを他人事のように感じて、ぼんやりと物思いにふけった」 B11『ああ、僕は一体誰なんだろう』 D09「白い手に引かれて歩き続ける」 C13「白い手に引かれて歩き続ける。空ろな少年は口を閉ざし、ひたすら静まり返った闇をぼんや   りと歩き続ける」 A12「どこまで進んでも闇だった。闇は闇で在り続ける」 B12「きっとこれからも、どこまでも僕は闇の中をさまよい続けるのだろう」 A13「いつか僕のすべてが、闇に溶けて交じり合うまで、ずっと」 C14「この白く輝く手も、いつか闇に溶けて消えてしまうのだろうか」 C15「……いや、いつからかあたりの闇が霞みつつあることに、少年は気がついた」 D10「白い手が、まるで少年を励ますように力強く握りなおす」 B13『姿が……』 C16「少年の姿が、輪郭が、どこかで見知った自分の形を取り戻しはじめる」 A15『いいや、お前は闇だ!』 C17「突然闇がおぞましい声で吠えた」 A16『お前は闇だ!闇を望んで、闇に溶けようとしたのは、他でもないお前自身ではないか!』 C18「後ろから、僕の体を引きずり落とそうとする強い力を感じる」 D11「白い手が負けじと渾身の力を込める」 A17『孤独に在りつづけるのは辛かろう!つながりの得られぬ自分が憎いだろう!いっそどこの誰   でもない闇に溶けて消えてしまった方が楽ではないか!お前はそう願ったではないか!』 C19「一度は溶けて消えた思いが蘇る。目の前には瞳が焼き切れてしまいそうな眩しい光。背中に   は甘く誘う底なしの闇」 B14『僕は、ああ、僕の心はどちらを望んでいただろう』 C20「つないだ指先が生きた色を取り戻す。闇に張り出したかかとが暗く溶けてゆく」 A18『お前は我々の同類ではないか!お前までもが我々を厭うのか!』 B15『そう、僕は闇だ。この上なく闇に良く馴染み、この上ない居心地の良さを感じていた。だけ   ど』 D12「白い手の先、眩しい光の向こう側から叫び声が聞こえていた。どこかの誰かが、他の誰でも   ないたったひとりの少年のために、身を振り絞って叫ぶ、狂おしいほどの、その声が」 C20「少年はその手を強く握った。闇を蹴りだして、光あるその向こう側へ。体のいたるところが   焼け焦げて激しい痛みを覚える。そしてそのたびに体が色を取り戻すのだ」 D13「暗い闇を脱ぎ捨てて、前へ!ずっとそばにいてくれた温かな手のひらが待つ場所へ!」 B16『僕はここにいる!他の誰でもない僕が!ここに在りたいと望む僕が!』 A19『行かないでくれ。行かないでくれ。行かないでくれ……!』 B17『僕は僕でいたい!』 C21「光の向こうでは、少年が嫌った街が、少年が嫌った学校が、少年が嫌った人々が、いつもと   変わらぬ時を刻んでいた。立ちつくす少年に気を向ける者は誰もいない」 D13「……いや、ひとり。少年の前にひとり、泣きはらした顔で白い手を差し伸ばす者がひとり、   彼にほほえみかけていた」