『ウツギ先輩と俺』 A01「暇っすねー」 B01「仕事しろ仕事ー」 A02「いや、そうは言ってもですね。仕事無いです。年越しで取引先どこもみんな事務所閉めちゃってるなか、今できる仕事なんてひとっつも無いですよ。くあー、暇だー!」 B02「だからってダラけない。一般のカスタマーからは電話来るよ。今どき正月だからってクレーム遠慮するお客ばかりじゃないんだから、気を引き締める」 A03「今ならクレーマーだって許せるー!」 B03「ええい、やかましい。そんなに暇なら机でも拭いてなさい」 A04「御用納めのときに先輩ピカピカにしてたじゃないですか」 B04「うっさい。忙しそうにしてたから私が代わってあげたけど、本当はアンタが一番の新人なんだからね」 A05「かれこれもう4年も新人やらせていただいてますな」 B05「4年ほど前からつくづく感じてたけど、アナタ新人としての気概が欠けているわ。そういえば11月の納品の件だって」 A06「了解、了解であります!不肖このイナモリ、3日前に磨いた事務机を改めて磨き上げる無為なお役目、謹んで勤め上げさせていただきますであります。ウツギ先輩が塵ひとつ残さず鏡のように磨き上げたお仕事にあやかり、今度は机の影も形も残さぬほど徹底的に、そう徹底的に、磨き、擦り、そして削りあげて進ぜようことでございますで存ぜます」 B06「口上が長い。……というかやっぱやらなくていいわ。いくらなんでも、可愛い後輩に意味の無い仕事をさせちゃいけないよね」 A07「世間ではそれをパワハラと呼びます」 B07「やかましい。ところでさ、アナタ最近ソッチの調子はいかがな感じ?」 A08「今度はセクハラっすか」 B08「あらあら。ソッチって聞いただけでソッチの想像をするアナタこそセクハラじゃなくて?」 A09「男の大事なところに目線送っといて何言ってるんですか」 B09「いやね、アナタ最近ササキさんとはどこまで行ってるのかなー、なんて」 A10「は?」 B10「聞いたよー。先週の金曜日、2人っきりで夜の街に消えたんだって?」 A11「よ、よくご存じで」 B11「クリスマスの夜。2人で肩と肩を並べて。あっやしーい」 A12「独り者同士で普通に飲んで、カラオケしただけです。そもそもササキさん男です」 B12「だからアリなんじゃない。もうキスした?」 A13「するか!」 B13「『ササキ主任。俺、今日は少し酔ってしまったみたいです』『然様か。しからば我が屋敷に参れ。今夜は主を寝かしてはやれぬぞ、ベイベー』」 A14「先輩暇なんスね。つーか先輩腐ってる人だったんスね。さっき熱い視線を送っていたのは俺の前の方じゃなくて後ろの穴だったんスね。うわあ」 B14「ううん、アナタその認識は少し間違ってイルヨ。女の子ならコノクライ普通ダヨ。全然ヘイキー」 A15「そんな女の子は絶滅してしまえ。というか先輩こそどうだったんです?クリスマス」 B15「わ、私?そりゃもう、完璧よ完璧。パーフェクト。なにせ私女子力高いから」 A16「女子力?」 B16「アナタが男同士でお酒飲んでた情報をキャッチしたのも、女子力の賜物」 A17「ただの噂話ネットワークじゃないですか。なんて嬉しくない女子力」 B17「風の噂によると、女子力を鍛えると彼氏ができるという話じゃ」 A18「どこの世界に好きこのんで噂好きの女の子を選ぶ男がいるんですか」 B18「ダメ?」 A19「ダメ。……ああ、いや。ウツギ先輩。それじゃあ結局、先輩はクリスマス独りだったんですか?」 B19「イナモリ君。私、アナタに死体を蹴る趣味があるとは知らなかったわ」 A20「いや、その。……マジっすか」 B20「2回も蹴った。もうお嫁に行けない……アラサー的な意味で」 A21「今どき30そこそこで結婚してないくらい珍しくないかと思いますが」 B21「そのフォローは嬉しくない。3回目」 A22「ああ、いえ、そういうことが言いたいんじゃなくて。あの、ウツギ先輩。いいですか?」 B22「何?」 A23「俺、ウツギ先輩のこと、好きです」 B23「……はい?」 A24「好きです」 B24「えっと」 A25「好きです、ウツギ先輩が」 B25「……」 A26「ウツギ先輩の困っている顔、俺かなり好きです」 B26「はっ。私からかわれてる」 A27「いえ、それはそれとして別の話でして。その、惚れちゃいました、ウツギ先輩に。どうか俺とおつきあいしてください」 B27「……そう」 A28「本気です。できれば、結婚を前提に考えてください」 B28「……うあー」 A29「好きです、ウツギ先輩」 B29「……その」 A30「はい」 B30「……卑怯だ」 A31「はい」 B31「今の流れからどうしてこんな話になるんだよう」 A32「一応段階は踏んでみました」 B32「そういう話じゃない」 A33「わざとです」 B33「初めはBLでホモォな話題だったのに」 A34「そればかりは想定外でしたけど」 B34「……好き、なの?」 A35「はい。ウツギ先輩が好きです」 B35「……卑怯だ」 A36「卑怯ついでに」 B36「何?」 A37「ウツギ先輩の返事が聞きたいです」 B37「はい!?」 A38「今、ここで。俺と一緒になるかどうか決めてください」 B38「あ、明日じゃダメ?」 A39「俺も先輩も明日から休みに入るんでしばらく会えなくなります」 B39「じゃあそのあとにでも」 A40「俺、先輩の仕事の早さを尊敬しています」 B40「鬼か」 A41「俺も本気なので」 B41「うう……。でもさ、だって私だよ?歳だってアレだし、腐ってるところもアレだし、あとアレとかアレとかそれからアレとか。こんな私なんかで本当に良いの?」 A42「はい。歳がアレで、趣味もアレで、あとアレとかアレとか色々ダメなところもいっぱい知ってますが、それでも好きです。これはもう理屈じゃありません。ウツギ先輩が、どうしようもなく好きなんです」 B42「どうしよう、アナタが初めてかっこよく見えたかもしれない」 A43「いっそ振られたって構いません。毎日毎日好きだって言い続けて、24時間こっそり先輩につきまといます。それはそれでひとつの幸せだと思います」 B43「アナタ持ち上げたり落としたりするの好きだよね」 A44「さあ、先輩」 B44「……もう。わかった。あのね、私アナタの意外と優しいところとか嫌いじゃない。意外とよく気がつくところなんかも、嫌いじゃない。あと、意外と、たまに押しが強いところも、嫌いじゃない。だから。……今回は保留!!」 A45「ええー」 B45「うるさい。後輩は後輩らしく素直に先輩の言うことを聞く。……その、ちゃんと連休明けには答えを出すから」 A46「ええー」 B46「もう、うるさいなあ」 (*KISS) B47「これで我慢しなさい」 A47「え。今のって」 B48「うるさい。黙れ」 A48「先輩の、唇の感触……」 B49「うるさい。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ」 A49「うおおお。やる気湧いてきたー!」 B50「はいはい。でももう終業の時間だからさっさと片付けてねー。残念でした、また来年」 A50「ええー」