『昂揚』  板張りの舞台の上に、今、ふたりの男(女)が立っています。  ひとりは、これまで波乱に満ちた人生を歩んできました。彼(彼女)はこれから運命の悪戯に 振り回され、嘆き、悩み、人として生きた証を立てるでしょう。  彼(彼女)の人生は、文字として台本に記されています。    ひとりは、どこにでもいる凡庸な男(女)でした。しかし彼(彼女)はこれから瞳に光を灯 し、その身を焦がして余りある情熱に突き動かされ、人として生きた証を明(あき-)らめるで しょう。  彼(彼女)の人生は、思い出としてその身に刻まれています。    このふたり、出会いはほんの数ヶ月前のことでした。  ひとつの目的のために出会うべくして出会い、目的のために語り合い、憎み合い、曝け合いま した。  己の履歴と相手の履歴を重ね合い、互いに重なること、重ならないことを知り尽くしました。  あるいはそれは、見る人によっては片思いにすぎないかもしれません。しかし、いずれにせよ 身体を持たない男(女)が血肉を得、もうひとりが語るべき言葉を得たことには変わりありませ ん。    今ここに立つのは、ふたつの過去を持ち、ひとつの身体を持ち、そして――。  明転。  サスが、ボーダーが、エスエスが、ピンが、シーリングが、舞台をまぶしく照らします。  ひとり立つ男(女)を中心に、幾筋もの長い影が照らし出されます。    ふたつの過去、ひとつの身体、そして幾筋もの未来。    ここから先には脚本も演出もありません。  ここに立つものは、きらびやかな光に照らし出された、たったひとつのエチュード。あるいは 人の生きた証。    「さあ、物語を始めましょう」