もしもし、そこのあなた。 そう、あなたですよ。どうもこんばんは。 わたくし、今夜は一つ『取引』をしていただきたく あなたの元へ伺(ウカガ)ったのですが・・・ふむ。 今夜は月明かりが綺麗ですからね。 あなたの顔に疑問や恐怖が映るのがよぉく分かります。 大丈夫です。取って喰いやしませんから。 わたくしは所謂(イワユル)『花屋』でしてね。 いずれあなたが咲かせるであろう『花』を引き取るための 予約をしたいのです。 え? 庭もベランダも植木鉢すらないのに、何の花が欲しいのかって? 『絶命子(ゼツメイシ)』 人の命が絶えた時に開花するという『死に咲く花』です。 あなたが亡くなった暁(アカツキ)には、その胸に咲く『花』をいただきたいのです。 ・・・率直に申し上げましょう。 あなたは死にます。 花のつぼみからして、近い将来死ぬと思われます。 質問攻めをされる前に断っておきますが、 私は死神ではないので生死の運命は変えられません。 開花のはっきりした年、日付、時間等は分かりません。 死因も、あなたが何故死ななければならないかも分かりません。 ・・・はい。今知らなければ、あなたはその時まで平穏に 生きていられたかもしれませんね。 そう。今あなたは不幸を告げられ「損」しかしていない。 お互いに「得」をしてこその取引です。 これをどうぞ。 これは花の肥料です。 『死に咲く花』はその人の人生を表します。 愛に満ちた色、自身を主張する色、欲に塗(マミ)れた色、罪悪感と後悔の色・・・。 沢山の花を見てきましたが、あなたの作ったつぼみは 素朴なのに上品で、力強く、鮮やかで・・・とても美しい。 さぞ、素晴らしい人生を送っているものと思われます。 この肥料は、誰かにあなたのように美しい花を咲かせる人生を 約束させます。 肥料の効果の証拠、ですか。 ・・・あなたですかね。 まさかあなたがお母様よりも早くにつぼみを作るとは 思いもしませんでしたが。 これを、あなたの大切な人にどうぞ。 受け取って・・・いただけますか? ありがとうございます。 これで取引完了です。 それでは、次に会うときは花をいただくときになりますので その時まで精一杯生きて下さい。 では、さようなら。 ―――ふむ、やはりあの人間は美しい。 自らの幸せ以上に、人の幸せを考え生きている。 死への絶望感がなかった。 最近はああいった人間も減ったからな。 どうしてそういう者に限って死が早いのか・・・。