『袋小路書店へようこそ』 吾輩は猫である。 で始まる、奇妙で有名な小説がある それが、猫が一人称で物語った最初なのだそうな、であるなら、特に拘りも無いことだし 先例に倣っておくのが簡単で良いと思う。 吾輩は猫である。 うん、解りやすい説明だ。 しかしどうも「吾輩」というのはいただけない これから先、ずっと自分のことを「吾輩」なんて呼ぶのは気持悪い やはり、自分にあった自分の呼び方で自分の事を表したい では、改めて 私は猫だ 名前はクロとか呼ばれている どこで生まれたとか、いちいち覚えてないし 何でか薄暗い、それもじめじめした場所でにゃーにゃー鳴いていた記憶も無い おそらく私は、生まれた時から野良猫の類だったんだろう なんの運命も必然性も無く、つまらない飢えた母猫がなんとなく生んで 面倒を見れなかったか、それとも野たれ死んだのか知らないが いつからか一人っきりで訳もわからずに、気が付いたら、生きていたのだ まあ、私の生まれはどうでもいい、紆余曲折あって飼い猫になり今に至る 申し訳ないが詳細は省く、なにしろ私は面倒くさがりだから、面倒くさい説明はしたくないのだ そんな私が、なんでまた語り部なんかやっているのかと言えば 全ての語り部がそうであるように、己の欲求となんの関係もなく 超自然の意思かと思うようなの不自然さで、強引に選ばれ任された。 つまりは無理やりなのだ、理不尽な決定に従わされている ああ、いやだいやだ!、許される事ならこのまま寝てしまいたい ほら、やっぱ無理だったのだ、荷が重かった やめた!、寝てしまおう … …… ……… おはよう どうだろう、私はまだ語り部のままだろうか? 超自然の意思も、こんな私に愛想が尽きて 三軒となりの、なんとかいう白猫を語り部にしたり… してないか やれやれ……なら仕方がない、仕方がないから始めよう 仕方がないとは言え、何から始めよう? とりあえず私は今、屋根の上にいる、ここが私の住処だ、雨の日以外はここにいる その屋根は、まあ普通の瓦だ、「ああ、これは屋根ですね」といった様子 屋根からは他の家の屋根も見える、こうしてみると屋根しか見えない だが屋根といっても色々だ、色々なのだが、はたしてこんな感じでいいのだろうか? なんとなくダメそうだ ではちょっと下を見てみよう、私のいる屋根のすぐ下に看板が付いている あまり気は進まないが、読んでみよう 「行き場を無くした物語、買います、売ります 『袋小路書店』」 とまあ、そういう事らしい。そういう店らしい 大体解ったと思うが念のために説明しておこう 要するにこの店は本屋なのだ、だがしかし悲しいかな、店主の頭がどうかしてるので 普通の本ではなく、書きかけの本だけを扱っている。 そんな本に需要があるのかと思うのだが、たまに客が来るのだから驚く 書きかけの本とは終わりの無い本、終わりの無い物語、終われなかった物語だ 終われなかった物語というのは大抵の場合、作者がその場のノリで書いてしまったような 起承転結とか序破急とかそんなの全く意識していない、書いた本人も読み返しながら、赤くなったり青くなったり 眼球を小刻みに震わせながら大量に変な汗をかいた後、奇声をあげて正座のままのた打ち回るような 正真正銘のゴミクズ、カレンダーをちぎってこさえたメモ帳以下の存在なのだ そんなの売りに来る奴も大概だが、買う奴もどうかしてる 「果てしない物語」と間違えてるのかもしれない、このふたつはゾウとゾウリムシくらい似て非なるものだ  万が一にも名作と混同しないよう、看板に注意書きしておくべきではないだろうか? そのうち言いがかりをつけられて訴えられたりしないかと心配になる 客以上に頭がどうかしてるこの店の店主だが そんなのでも一応、今のところ私の主なので 何かあって餌が貰えなくなると非常に困るのだ ……たまに、どうしてこんな店に来てしまったのだろうかと思う 主は人間で女性だ、何度も言うが変わり者で、しかも重度の二ートでもある 一応それなりに美人なのだが、どうも無愛想で客商売には向かないし ひどい猫背で猫舌の上、猫語は使えないが猫に話しかける 人と話すのが苦手だから、仕方なく鳥とか団子虫とか ひどい時は家電製品やペットボトルとも話している。 そういう生き方は良くないと思うのだが ダメな奴に注意しても所詮ダメなものはダメなのだから言うだけ無駄だろう そんなダメ人間なので当然商売なんかに精を出すわけも無く この店も私が来るまではシャッターを閉めていたのだが なんでだかしらないが、最近すこしはやる気をだしたらしい だが根は腐った人間なので、客が来ないとすぐいじけて面倒くさい事を言うから 少しでも客がくるようにと、私がこうして招き猫代わりに屋根にいるのだ お解りだろうか? 私は実に面倒くさい理由で今ここにいる 今日もなぜだか、奇跡的に客が来たようだ 新顔だが、ここに来る人間は皆、どこかが似てしまっている 疲れた目で、私の下の看板を見つめて。きっとどうするか迷っているのだろう なんとなく目が合った、晩飯分の仕事をしなければいけないようだ 「私は猫だ  名前はクロとか呼ばれている  色々あってここに居るのだが、それはとりあえず置いておく  店の中には、猫背で無愛想な私の主と、終わらない物語  売りに来たのか、それとも買いに来たのか  ようこそ『袋小路書店』へ!」