深夜一時。 私は散歩に出かけた。 空を見上げると、小さな星が輝いていた。 (この中に、今もまだ生きている星はどのくらいあるんだろう) 私はとりあえず、家から2km先にあるコンビニに向かった。 コンビニは深夜にもかかわらず人がいて、私はダイエットサポート飲料と飴を買った。 痩せたいと思いながら、飴を買うこの矛盾。 いや、塩飴だし、夏の塩分補給だと誰に聞かせるわけでもない言い訳をする。 そのままだらだらと歩き、私は近くの神社にたどり着いた。 神社は暗く、灯篭(とうろう)が道を照らしているはずなのに先が見えなかった。 「えー、お邪魔しまーす……」 私は若干怯えながら、それでも先に進んだ。 手水場(ちょうずば)につき、私は確かこんな感じだったよな、と思いながら手と口を洗う。 手水場を過ぎれば階段があり、この階段を登れば社(やしろ)だ。 私はそれなりに長い階段を少し息を上げながら登り切った。 途中で虫に激突されたりもしたが、特に被害はなかった。 賽銭入れの前に立ち、私は財布から十円を取り出す。 願うは、年内に内定取得とダイエット成功。 私は願いを込めて十円を賽銭箱に投げた。 だが。 ――――カンッ。(SE) 「うそでしょ……」 空しい音と共に十円は弾かれた。 なんだ、あれか、十円ごときでは就職もできなければ痩せることもないと言いたいのか。 「ええい、これでどうだ!」 私は財布から五十円を取り出し、賽銭箱に向かって投げた。 五十円はちゃんと賽銭箱に入り、私は一安心して願をかけた。 (年内に内定がほしいです。できれば基本給18万以上で、手取り15万以上がいいです。でも、ブラック会社じゃなければどこでもいいです。あと、痩せたいです) 願掛けが終わると、私は来た道を戻っていった。 落ちた十円は、どこに転がったか分からないので放置だ。 さて、帰ってエントリーシート書かなくちゃ。 「あの……」 「ひぇっ!?」 背後から声がかかり、私は思わず飛び上がった。 バクバクと激しく鳴る心臓を押さえながら振り向くと、巫女装束に身を包んだ、私より少し年下の女性が立っていた。 ただし、頭には大きな三角の耳、腰のあたりからはふさふさの、狐の尻尾のようなものが生えていた。 「十円、落としたままでしたよ」 彼女は私が落とした十円を手に持ち、笑いかけた。 私は状況が呑み込めず、ぽかんと彼女を見つめた。 「あっ、自己紹介がまだでしたね。私、ここの狐巫女をしている者です」 「はぁ、これはご丁寧に……」 頭を下げる彼女に、私も一緒にお辞儀をする。 狐巫女と言うのはあれか、狐の耳と尻尾を付けなければいけない決まりでもあるのだろうか。 ぼんやり考えている私に向かって、彼女は手を出した。 「十円、お返ししますね」 「あ、いえ、それはお賽銭として取ってください」 「いえ、持っていてください。そして、使わないでください」 「はい?」 「この十円には、さっきお狐様が力を与えました。常に持っていれば、きっとあなたの願いが叶いますよ」 「はぁ……」 「あと、十円と言うのは、丸い十分な縁と言う解釈の仕方があって、あなたに素敵な縁をもたらしてくれるんですよ」 私は十円を受け取り、じっと見つめた。 この何の変哲もない十円が、私に内定をくれるのだろうか。 「あの、悩みがあるなら、聞きますよ?」 「えっ?」 「私、力が弱いのでそのくらいしか役に立てませんが」 話すとすっきりしますよ。 にっこり笑う彼女に、私はなぜか全部をぶちまけてしまった。 「私、就活してるんですけど、80社受けて全部落ちたんです。 内定決まらなくて、どうしてって悩んでて。80社も落ちるっていうことは、私自身に何か問題があるんだと思うんですよ。 でも、それも全然わかんなくて。 夏休み入ってもエントリーシート書かなきゃいけなくて、レポートもやらなきゃいけないのに、全然時間取れなくて。 私もう、どうすればいいか分からなくて、全部投げ出して散歩しに来たんです」 情けないですよね。 自嘲しながら言うと、彼女は真剣な顔をして私の手を取った。 「それでいいんですよ。辛かったら、全部一回投げ出しちゃえばいいんです。 進むのが辛く感じたら立ち止まっていいんですよ。後ろに進むことはできませんが、振り返ってもいいんです。 人間は飛ぶことはできませんけど、空を仰いでみてもいいんです。 前だけを見つめ続けていたら、足元の石にも、綺麗な花にも気づかないでしょう。だから、辛かったら一回休んでもいいんですよ」 「いいの、かな?」 「いいんです。だって、どんな選択をしても、結局は後悔するんですから」 いたずらっぽく、彼女は笑った。 「あの時ああすれば、こうすれば。そんなのは、いつの時代、誰だって感じることです。 後悔しない生き方なんて、神様だってできませんよ。だから、後悔するけど、それでも選び取って進んでいくんです。 最初っから後悔する人生だってわかっているなら、どんな無茶なことでもできる気がしませんか?」 「そうかな?」 「そうですよ」 「そう、だね」 私は、初めて彼女に笑いかけた。 ここ最近笑ってなかったせいか、少しぎこちない笑顔だったかもしれないけど、それでも私は笑った。 「なんか、疲れちゃった。帰って寝なきゃ」 「そうですね、もう二時を回りましたからね」 「もうそんな時間か。じゃあ、私は帰るわ。話を聞いてくれてありがとう」 「どういたしまして」 にっこり笑う彼女に私は手を振り、歩き始めた。 「私、あなたは痩せなくてもいいと思うの。だって、今のあなたの笑顔、とても素敵だもの!」 後ろから聞こえた彼女の声に、私は手を振って応えた。 見上げた空には、眩しいくらいの星が輝いていた。