ステーキハウス T:流浪の旅人 W:店員 無印:ナレーター T01「あぁ、腹が減った…今日のメシはここにするか」 T氏は、とあるステーキハウスへと入っていった。 W01「いらっしゃい。適当なところに腰掛けてくれ。   今焼いているから、後で注文を聞きに行く。」 ぶっきらぼうな言い方をするW氏に少し嫌悪感を覚えつつも、 腹が減っていたT氏はW氏の言いなりになるしかなかった。 W02「いらっしゃい。ご注文は?」 T02「そうだな…ここの名物はなんだい?」 W氏は、メニューの表をトントンと指さしながら、こう言った。 W03「ここはステーキハウスだ。肉ならなんでも旨い。   だが…そうだな…今日はテンダーロインなんかが良いんじゃないかな。   もちろん、サーロインも旨いし、リブも旨いぞ?」 T03「では、テンダーロインをもらえるかな。」 W04「あいよ」 愛想をふりまくでもなく注文を取った店員は、 そのまま厨房へと進んでいく。 T04「ったく、愛想もメニューに書いておけってんだ…」 しばらくすると、厨房の方から肉の焼けるいい匂いがしてくる。 T氏の空腹は絶頂に達し、もうこれ以上にないくらい、ペコペコになっていた。 そしてタレの焼ける音、それに続いて匂いが届き、最後に注文の品物がT氏の元に届いた。 W05「おまたせ。熱いうちにどうぞ」 T05「やっときたか!さぁ食うぞ!!」 T06「ハフッ!ハフッ!…あぁ美味しい…こんな美味しい肉は食ったことがない。   新鮮なのは間違いないが、タレも旨い。これでもうちょっと愛想が良ければ…」 とその時、別のテーブルの注文品を運んでいるW氏がT氏の横を通った。 T07「ん!?クンクン…なんだこのいい匂いは…今食っているものとは違うな…」 見れば、鉄板には大きい2切の肉が乗っている。 丸く型どられているが、ここからはそれ以上のことはよくわからない。 注文品を届け終えたW氏に、T氏は尋ねた。 T07「あぁ、すまんがね。あのテーブルの…あれも追加で貰えないかね」 W06「すまんが、あれはもう品切れだ。また次の機会に。」 T08「いやいやいや、ここはステーキハウスだろう?肉に対する客の注文には応えなければならない。   あれはまだあるんだろう?」 W07「いや、本当に無いんだ。貴重なので、1回の注文で売り切れになるのさ。」 T09「そうか…それならば仕方がない。   ところであれは、どこの部位だい?そんなに貴重ということは、余程いいところだろう?」 W08「あれは…睾丸だ。ウチの店の裏は闘牛場でな。   今日負けたものを仕入れて、提供しているのさ。   だからいつも、2つしか取れないんだ。もし食いたいなら、予約取ってくれ。」 来週の水曜日に予約をとったT氏は、あのステーキに思いを馳せていた。 T09「あぁ、あれが食べられるのかと思うと…ドキドキして眠れやしない」 あの日から3日、4日が過ぎてもまだ、T氏は、あのステーキに思いを馳せていた。 そしてついに、当日となった。 T10「あぁ、ようやく今日、あの肉を食べることができる。食べるぞ!あの肉を食べるぞ!」 W09「おまたせ。」 しかし出てきたものは、あの時見たものとは程遠い、なんとも貧相なステーキであった。 T11「おい!話が違うじゃないか!!  あの時はもっと、これよりも二回り以上大きかったぞ!どういうことだ!!」 W10「闘牛場では、いつも牛が負けるとは限らんのでな。」