『三十路男(妻子有り)の僻み』 母さん。東京は素晴らしいな。 見ろ、人が歩道を歩いているぞ。 駅前で何か配っているぞ。 花だの木だのがそこら中に生えてるぞ。 どこを歩いても何かしらの店があるぞ。はっはっは、便所に事欠かないな。 ここには日本中の色んな人が集まっている。 ここには日本中の文化や習慣が集まっている。 ここには日本中のあらゆる仕事が集まっている。 ここには何者にでも成れる可能性が詰まっている。 どうだ。やはり子育てするなら東京だと思わないか。 僕らの息子は医者になるかもしれんし、弁護士になるかもしれんし、 アイドルになるかもしれんし、あるいはヤクザか引きこもりになるかもしれん。 きっとそれは、良いことなんだと思う。ただただ、良いことだろうと思う。 大人の敷いたレールの上を走ってもらいたいと願う親がこの世にいるものか。 もし僕がこの街で生まれ育っていたなら…… 僕は女になっていたかもしれんな。