『狐狸私』 ―――主人公のモノローグ――― 「」会話 ―――目を開けると、大きな鳥居が佇んでいた。  鳥居の後ろに、また鳥居。幾重にも連なり、朱漆で塗られた赤の向こう側には、見覚えのない神社がある。  ……此処は一体何処だろう?  はて、私は部屋で、寝ていた筈ではなかっただろうか―― 狐「おやぁ、珍しい、こんな所に。迷い人ですか?」 ―――見知らぬ輩が、私に話しかけてきた。狐の面を被った、奇妙な風体の輩だった――― 主人公「……あなたは?」 狐「いやぁ、ね。たまにいらっしゃるのです。あなたのように迷い込んでしまわれる方が。   しかし安心なされ、私が案内いたしましょう。さぁさぁ、此方へ」 主人公「はあ? ……あっ、ちょっと」 狐「うつらうつらと進みなされ♪ 一人二人の獣道♪ 今宵よいよい可愛い子♪ 手と手は離さず闇の先♪」 ―――狐面は、私の言うことも聞かず、唄いながらぐいぐいと引っ張り、歩きだした。  私は引かれるように鳥居をくぐる。  鳥居の中は何故か妙に明るく、迷うことなくついていける。が、しかし、どうもおかしい。  いくら歩こうとも、先にある神社に着かない――― 狐「ところであなたさまは、私のことを覚えていらっしゃいますかねぇ」 主人公「はあ? それよりも此処は一体どこなんですか?」 狐「いえいえ、覚えていらっしゃらなくても結構です。これからはそんなこともなくなりましょう」 主人公「それは一体どういう意味ですか?」 狐「知る必要はございません。あなたさまは、ただ私についてきさえすればいいのですよ」 ――狐面は、そう言って私の手を握る。   しばらく歩き続けると、今度は先が見えないほど長い、階段にたどり着いた。   頭上で盆提灯の小さな灯りが揺れると、狐面が、再び私の手を引く―― 狐「さぁ、参りましょう。なあに、あと少しですよ」 主人公「えっ、この階段を上るんですか? いや、それよりも、此処は一体どこなんですか。貴方は一体……」 狐「此処を上りましたらお答えしましょう。さあさ、さあさ」 狸「いいや、お前はそこに行くべきではない」 主人公「えっ?」 ――聞き覚えのない声がして振り返ると、目の前に、今度は狸の面を被った輩が立っていた。   さっきまでは確かに誰もいなかった筈なのに。狸面の輩は、腕を組んだままじっと私を見つめている。   すると、隣で狐面が忌々しそうに舌打ちするのが聞こえた―― 狸「騙されるな。その狐について行ってはいけない。さあ私と一緒にくるんだ」 主人公「え? どういうことですか?」 狸「ようやく帰ってきたと思えば忘れているだなんて。お前は私と行く為に此処に来たんだよ」 主人公「意味がわかりません……」 狸「とにかく、その狐は駄目だ。こっちに来い」 狐「いいえぇ、騙されてはいけません。あの狸こそ人を騙す悪い者。ついて行ってはいけません。   私と一緒に参りましょう」 ――狐面と、狸面の二人が、私に向かって手を伸ばす。しかし、お面のせいで、本当は二人がどんな顔をしているかもわからない。   結局私は、どちらの手も取らず踵を返した―― 主人公「失礼ですが、貴方達は正直得体が知れない。どちらにもついていけません。帰ります」 ――すると、狐面と狸面は顔を見合わせ、けらけらと笑い出した。   今の今まで険悪なムードだったのに、今では二人並んで私に近づいてくる。   近づいてくる二人が、私には妙に恐ろしく感じられた―― 狐「それはいけません。いけませんとも」 狸「駄目だ。駄目だな」 主人公「な、何がですか?」 狐「逃がさないと言ったのです。さあ参りましょう。鳥居の向こうは楽しや、楽し♪」 狸「鳥居よりも此方へ来い、行きはよいよい、帰りはなし。人と狸で俗世捨て」 主人公「い、嫌だ!」 ――私は伸びる手を振り払い、一目散に走りだす。振り向かない。振り向いてはいけない。   追いかけてくる狐面と狸面の足音に怯え、下から絡まる何かを踏みつけ、走って、走って   段々と私の体は、薄くなり、そして……   気が付いた時には、病院のベッドの上で、横たわっていた―― ―――どうやら、私は一週間程、行方知れずになっていたらしい。  母の話によると、私は昔住んでいた家の近くの森に、倒れていたという。  幼いころ、その森で今と同じように神隠しにあってから、私たち家族は引っ越したのだ、と母が不安そうに零していた。  そうか、私は神隠しに合っていたのか。  とすると、あの狐と狸についていくと、やはり危なかったのかもしれない。  しかし、戻ってきたのだからもう大丈夫だろう……。  ほっと胸を撫で下ろしたとき、再びあの声が聞こえた気がした―― 狐「また会いましょう(会おう)」狸