「誰(た)がために」  かなえと樹(たつる)は高校生で、二人は付き合っている。クラスメイトや先輩後輩たちが恋愛をする最中、彼らもまたそのようにしている。これは、ちょうど付き合いはじめてから2か月ほどの一場面である。 ※時刻は昼。放課後の学校、二人は生徒玄関で待ち合わせていた。 樹「かなえ、今日は帰りにどこか寄って行かないか。せっかく試験で半ドンなんだし。あと、明日休みだからちょっとぐらい遅くなっても、さ?」 か「どこかで遊んで帰るのはいいけど、遅いのはだめ。知ってるでしょ、私のお父さん」 樹「ちょっとでも帰りが遅いとすぐ電話してくるもんな。夜まで一緒にいたら、俺ころされるんじゃ」 か「そこまではしないだろうけど、でも、やっぱり夕方ぐらいまでかな。電車の時間もあるし、17時まで」 樹「……いいよ、しょうがないって」 か「ごめんね。私もほんとはもっと一緒にいたいんだけど」 樹「いいからいいから、ね? これから遊ぼうっていうのに、暗くなるなよ。とりあえず飯くって――かなえはどっか行きたいところある?」 か「うーん、カラオケ行こうよ。思いっきり歌いたい」 樹「よし、決まり。そんじゃあ、ささっと食べていきますか」 ※カラオケ店。入店から数時間が経過。 か「あー! いっぱい歌っちゃった。ちょっと休憩ねー」 樹「じゃあ、俺飲み物とってくるけど、かなえはどうする?」 か「私はいいよ。まだあるし。いってらっしゃい」 樹「いってきまーす」 か「……もうこんな時間か。お父さんに何時ごろ帰るかメールしておかないと。『18時、ごろには、帰り、ます。か、な、え』と。はぁ、夜にごはん食べるぐらい許してくれてもいいのになー。心配してくれるのはうれしいけど。樹にも悪いんだよね」 樹「たっだいま」 か「おかえりー……あれ、どうしたの? 隣に座って」 樹「ん? 傍にいちゃだめかよ?」 か「ううん。そんなことないよ。私も近くにいたいし」 樹「かなえ」 か「え、たつる? 顔、近いよ?」 樹「大丈夫、怖くないから」 か「待って、ねぇ、待って」 樹「もう付き合ってそこそこ経つしさ」 か「お願い、離れて。ねぇ、樹。一回、ちょっと、離れて、ねぇ」 樹「――っ、……なんでだよ」 か「樹はどうしてキスするの?」 樹「どうしてって、だってみんなやってるだろ? 付き合ってるってそういうもんじゃないのかよ」 か「『みんなやってるから』キスするんだね。ごめん、私もう帰るね。お金はここに置いてくから」 樹「待てよかなえ。おい、かなえ」 か(樹が私にキスをするのは『みんながやってるから』。もちろん、きっと私のことも好きなのだろうけれども、真っ先に彼が思いついた理由が私ではなく、「付き合うことってこういうことなんだ」っていうパターンだったことに、私は寂しくなった)