「ひとかかえの壷の中で」 人間:人間。 番人:壷の番人 人間「わっ」 番人「お目覚めですか」 人間「ここは……どこだ……?」 番人「……人間という生き物はなぜ皆同じ様な事しか言わないのでしょうか」 人間「あんた……あんた、誰?」 番人「ここはどこだ、あんたは誰だ、次に来るのは──なぜここにいるのか」 人間「あ、ああ……そうだ、なんでこんな、どこだかわからないような」 番人「まるで判でついたような。 同じ様な事しか。 言わない」 人間「なああんた、ここはどこなんだよ!」 番人「ふぅ……あなたのまわりにあるもの、わかりますか?」 人間「周りに……っ、ツ、ボ?」 番人「そうです、壷です。 いくつあると思いますか?」 人間「まさか、これを全部数えるとか」 番人「数えたければ」 人間「…違うのか」 番人「数えてもおそらく、あなたの望むような結果にはならないかと」 人間「……だから、ここはどこなんだよ!!」 番人「おお怖い怖い。 何事も焦りは禁物です。    ここは、人間関係とりわけ男女の関係を視覚化した空間です。    壷の数だけ、どこかの男性とどこかの女性が関わっています」 人間「……仲がよくても悪くても、ってこと……?」 番人「そうです。 例えばこの壷──…」 人間「えっらい小さい、っていうかそれビンとかそういう……」 番人「小さいのは、関わりが希薄だからです。 これはそうですね──…    駅前で、コンタクトレンズ店の広告ティッシュを配っている女性と……」 人間「覗けば見えるのか……」 番人「ええ、見えます、その女性と、サラリーマン風の男性…その関わりの壷です」 人間「そりゃ希薄だ……」 番人「ほぼ他人です。 ですが関わりはゼロではない……わかりますか?」 人間「なんとなく……」 番人「あなたがここにいる理由も?」 人間「……なんと、なく」 番人「あなたは知りたがりました。 意中のあの人が、自分をどう思っているのか」 人間「……でも、そんなの誰だって」 番人「そう誰だって、知りたいのです。 誰が誰をどう思っているのかを」 人間「……」 番人「……でもそれは、本当に……? 知る覚悟があるのでしょうか」 人間「覚悟……」 番人「あの人と自分の壷が小さかったらどうしよう、欠けていたら、割れていたら、薄汚れていたら……」 人間「……覚悟……」 番人「いつでも、あなたとあの人の壷をお持ちできます。 覚悟が決まりましたらお呼び下さい」 人間「あ、ちょっと!!」 番人「……人間というものは全く、同じ様な事しか言わない」 人間「……ここから、何もせず、何も知らずに、元に戻るにはどうしたら……?」 番人「あなたが今腰掛けている壷、その中にお入りください」 人間「うわ、これ壷だったのか!」 番人「ふたがついているので、よく椅子と間違われてしまいますけれども、壷です」 人間「そ、そか……」 番人「時間制限はありません、いつでも、いつまででもどうぞ」 人間「……うぅぅ」 番人「では、私はこれで」 人間「あ────……」 番人「人間というものは全く……皆そろって同じ様な事を望んで、同じ様選択をする……。  それぞれが、大事件を抱えた気になって、重要な選択を迫られた気になって……。  皆、このひとかかえの壷の中であがいているのと変わりがないというのに」