肉まん、温めますか? 女「いらっしゃいまーせー。こちらのサンドイッチは温めますかー?」 男「温めませんよ。あ、肉まんも一つください」 女「肉まんは温めますか?」 男「え、むしろ温まってないんですか、それ?」 女「これ今故障中でして」 男「中は冷たい?」 女「ぬるいですねー。あ、冷たい方がお好みでしたら冷凍食品のコーナーにどうぞ」 男「冷たいのはいらないですから」 女「シャリシャリとまとわりつく氷の感触がたまらないかも知れないですけど?」 男「今の時期それは求めてません」 女「そうですか。……じゃあ、温めますね」 男「ちょっと待った」 女「はい?」 男「……考える時間をください」 女「はい、いいですよ。力いっぱい考えてください。私もその間に力いっぱい肉まん温めちゃいますからー」 男「……ここでリスクを背負ってでも肉まんを手に入れるべきか否か。この冷え切った体で家に帰るのは流石に辛い」 女「ちーん」 男「……帰宅中の断続的な寒さと瞬間的な熱さ。天秤が傾くのはどちらか……」 女「ほかほかー、ぐつぐつー」 男「……って、おい。待ってっていったじゃん」 女「はい? 私は温めるって言いましたよ?」 男「あれ、そうでした?」 女「はい、そうでした」 男「……まぁ、いいや。ちょっと冷えるの待ちますよ。どうせ、それやばいくらい熱いんでしょ」 女「あ」 男「どうしたんですか?」 女「そのままちーん、しちゃったから表面カリカリになっちゃいましたぁ……」 男「……あぁ。まぁ、そのくらい我慢しますよ」 女「いいえ、そうはいきません。今から水かけてラップして温めなおします」 男「やめて、それ。中できっとラップが破裂しちゃうよ」 女「多少の犠牲はやむなしですねぇ……」 男「何がそんなにも彼女を駆り立てるのだろうか……とか言ってる間に……」 女「ちーん。できましたー」 男「できちゃった……それ置いといてください。とりあえず先に勘定を」 女「355円になります」 男「おつりは受け取りませんからね……絶対受け取らないですからね……あ」 女「どうしました」 男「小銭がない」 女「500円は久しく温めてませんねぇ……」 男「なにこの人、すっごい嬉しそう……。くそう、こんなときにお札しかないなんて。ええぃ、この際645円くらいくれてやらぁ!」 女「一万円からですね。9,645円のお返しですけど、ほんとにいらないんですか?」 男「……しまったぁ。諭吉さんだぁ……ちょっと考えさせて」 女「ちーん」 男「問答無用!?」 女「さぁ、大人しくこの9,645円を受け取ってくださーい。さもなくば、私が着服しますー」 男「せめてそのお札の上に小銭のせるのを止めようよ。小銭はあげますから」 女「飲めない要求ですね」 男「くっ、こうなったら冷めるまで時間稼ぎを……。ち、ちなみにそのお金手に入ったら何に使う?」 女「バレンタインデーの前日にこの店内の安いチョコを買い占めます」 男「その心は?」 女「○○君には義理チョコでいいや〜、って安いチョコで済ませようとこのコンビニに現れた女子が思わぬ出費を迫られしかめっ面で店を後にする姿を嬉々として見送るためですよー。決まってるじゃないですか。よかったぁ、私の力ではチ○ルチョコ制圧くらいが関の山でしたからね」 男「なんて迂遠な嫌がらせ。そんなどろどろとした女子の屈折した心をどうやったら『決まってる』なんて言葉でくくれるちゃうのさ……」 女「乙女心は紳士の必須科目ですよ?」 男「いい顔していいこと言っても、決してこちらの心証は変わりませんからね? と、もうそろそろか。お釣りくれますか?」 女「もう500円玉も冷えた頃でしょう。温めなおし……」 男「ませんっ! ……おお、ぬるい。よかった、くだらないことに貴重なお金が浪費されずに済んだ」 女「強引な人ですね。はい、今レシート出しますから。お手はそのままでー」 男「はいはい」 女「はいレシート。……と、ご一緒にアツアツ肉まんっ」 男「しまっ、あつっ!」