火 中2病 狐 語り部「こんこんこーん こんこんこーん 夜の街に狐の鳴き声が響きます 何処から聞こえてくるのでしょうか」 語り部「こんこんこーん こんこんこーん 探してみれば、ゆらりゆらりと揺らめく火があります 誘い火でしょうか とにかく、追ってみることにしましょう ゆらり、ゆらりと揺らめく火は、追えば追うほど逃げていきます 当然でしょう。誘い火ですから」 語り部「追って追って、追って追って。辿り着いたのは墓地でした そこには人魂がたくさん浮かんでいます こんこんこーん こんこんこーん 狐の鳴き声が聞こえます 浮かんでいる人魂たちが、騒ぐように宙で踊りました」 語り部「踊る火に意識を取られぬよう気を付けながら首を廻せば、墓石の上に堂々居座る狐がいました 美麗という他無い、麗人に化けた狐は、こんこんこーんと喉を鳴らしています」 狐「ようきたのぅ」 男「面妖な。お主は誰じゃ。何故鳴くのか」 狐「我は狐。狐故に鳴くのじゃ」 男「狐故に鳴くのか」 狐「それしか言葉を知らぬが故に」 語り部「こんこんこーん こんこんこーん 狐の鳴き声が響き渡ります くつくつと麗人が笑いました」 狐「お稚児が、覚えたての言葉ばかりを並べるように   我らはそれしか知らぬが故に鳴くのじゃ」 男「何か目的があっての事ではないのか」 狐「夜慰みにただ鳴いて居るだけよ。   時折お主のような男が釣れるが、それが目的ではない」 男「まことか」 狐「しかり、しかり」 男「疑わしい。ならば、あの火はなんだ」 狐「あれもまた夜慰み。花売る乙女たちに夢を見させる炎火(ほむらび)よ」 男「夢。乙女が見る夢とはなんだ」 狐「籠の中の鳥はいついつ出やる」 男「花売りからの解放か」 狐「愛し金持ちに抱かれるか、それとも断崖より身を投げるかはそのものの自由」 男「誘う事に罪はないと?」 狐「罪とはなんぞや。我らはただ夜慰みに火を灯すだけ。   それを見ての奇行にまで、責任は持てぬ」 男「無責任ではないのか   人は自らの行いに責任を持つもの   たとえそれが夜慰みの灯りであっても、それにて人が死すれば贖うは必定」 狐「それは人の理(ことわり)であって、狐の理ではない。   人の子よ、何故狐に人の理を説くのか」 男「世は人の世。故に生きる森羅は人の理に従わねばならぬ」 狐「まるで神のような傲岸不遜な物言いよな」 男「神は人に世を与えたもうた。与えられた事物を管理するのは自然」 狐「ならば人の子よ、汝(なれ)はどうすると言うのか」 男「ここに一刀の元にて断つ」 狐「あなおそろしや。我は死するというか」 男「殺すと言うた」 語り部「ならば死合うより他に無し。 男が刀を抜いたなら、狐は火を抜きました。 浮かぶ人魂。切り裂くは怖ろしき刃」 男「何故お主は夜慰む」 狐「寂しく、飢えているが故に」 男「ならば戯れよ。死と踊るがよい」 狐「おお、死が笑っている。あなおそろしや。くつくつくつ」 語り部「男の刀は万象を断つふつの剣(つるぎ) 対する狐の炎火は惑わしの灯り」 狐「行きはよいよい、帰りはこわし   道を誤って進むがよいわ」 男「我が道はただ我が剣の先にあり。邪道正道貫くが我なれば。   誤りの道など、あろうはずもなし」 語り部「幾ら蜃を並べようと、切り裂かれては意味もありません。 ああ、麗人に白刃が迫り往く」 狐「ああ、我は死ぬというのか」 男「それが死と戯れた末路」 狐「天運がなかったと諦めるか。   くつくつ、神はまっこと不条理よな」 男「神は賽を振らず、ただ天秤を傾けるのみ」 狐「何処までも不条理に。自己の理に従って。   世は神の世であるが故に」 男「人の世というのも所詮は儚き夢。人の願望に過ぎぬ。   もう片方の皿に、何が乗っているやら」 語り部「男は狐を切り捨てて、刀を仕舞って墓場を後にしました。 あとには首がぱっくり裂かれた狐の死体と、ぷかぷか浮かぶ人魂だけが残っています」 語り部「こんこんこーん こんこんこーん 狐の鳴き声は、もう聞こえないでしょう」