それは私の後を追ってくる。 わざとらしく足音を鳴らすこともあれば、猫のように足音を殺すこともある。 どちらにしろ、追いつかれたらお終いという事に変わりはないが。 それが私の後を追っていることに気が付いたのはいつだったろうか。 さて……昔過ぎて、もう思い出すことは出来ない。 追いつかれたらどうなるかを知ったのは、つい先日のことだが。 私と同じように、それに追われている人に出会った。 彼は、酷く疲れている様子だった。 それも当然か。常に追いかけられているのだから。 心休まるときなど無いだろう。 不思議と、私にそういったことはないのだが。 彼が追いつかれたのは、出会ってから何日目だったか。 日数を数えるという行為を最後にしてからもうだいぶ経つ。 ……まぁ、覚えていないと言うことは大して重要でもないのだろう。 重要なのは追いつかれたらどうなるか、なのだ。 いつ、どのように彼が追いつかれたなど重要ではない。 結局は、彼の足が止まったに過ぎないのだから。 併走していた彼の足が止まったのは、……そう、つい先日の事だ。 具体的に何日前か? 言っただろう。日数を数えるのをやめて久しいと。 ……重要なのはそこではない。 重要なのは足を止めた彼がどうなったかだ。 結論から言おう。 彼は死んだ。 まぁ、恐らくはこの話を聞いている君には、予想出来た結末だろうが。 そう、彼は死んだ。 追いかけられていたものに、押しつぶされて。 その様は今も目に焼き付いている。 不可視のそれに、押しつぶされ広がっていく彼という名の肉塊。 骨が拉げ、肉が潰れ、皮は弾け、内蔵は潰れながら外界に姿を表す。 不思議と、目を離すことは出来なかった。 一種、その様に芸術を感じたと言ってもいいだろう。 ……こんなことをいうと、君は私を異常者というかもしれないが。 けれど、やはり。 ものが壊れる様というのには、一種の美が存在するのは間違いないだろう。 それが経てきた時間を内包しているからこそ、壊れる瞬間というのは美しい。 切り取って保存してしまいたくなるほどに。 ドクトルファウスト曰く、『時よ止まれ、お前は美しい』 なるほど、最高の一瞬とはそういうものだ。 故に私はその最高の一瞬を味わい尽くそうと思う。 一度目は出来なかったから。 二度目こそ、だ。 おや、君は何故そんな風に脅えているのだい。 大丈夫だ。 安心したまえ。 すべては一瞬のうちに済む。 君は拉げ、潰え、弾け、現れる。 その全てを私は記憶しよう。 私自身が、潰える瞬間まで。 さぁ、足音が聞こえてきた。 聞こえるだろう君にも。 聞こえるはずだ君にも。 足を止めてしまった愚かな君よ。 私は君に言葉を贈ろう。 『ああ、時よ止まれ。君は誰よりも美しいのだから』