「語り部の声」 とある王国、とある時代の、夕暮れに染まる街並み。 かつて戦乱の中にあって栄えたその王国の、威厳を残すかのような、石造りの家屋が並ぶ。 そうした建物の古びた石たちには、ひび割れと、剣によって刻まれた無数の傷跡が見てとれる。 それは古き時代の、戦火の記憶――――そして立ち並ぶ家々に沿って植えられた街路樹が、優しく風にそよぐ。 まるで王国の盛衰を憐れむように。 若者が歩いていた。若者は具合のいいベンチを見つけると、腰かけた。 いいところがみつかった、今日の"舞台"はここにしよう。 聴衆は一人もいないがまあいい、今に誰かが通りかかるさ。 それに―――誰も聞いていなくたって、やることに意味があるんだ。 若者は詩を詠い始めた。王国が歩んだ栄光の記憶、そして滅びの物語。 偉大なる王。戦士。聖なる少女。暗殺者。 今とは違う時代を生きた人々の魂が、声となって紡がれていく。 若者は自らの使命に没頭した。僕はこれをやるために生まれて来たんだ。きっと。 ふと気がつくと、幼い少年が食い入るように見つめていた。 少年は問う。「何をしているの?」 若者は微笑んだ。「声で、物語を紡ぐのさ。とても楽しいよ」 少年の瞳が輝いた。「僕もやってみたいな。でも…」 「でも、は無しだ。誰だってできる。大切なのは、ここさ」 若者は少年の胸をとんとんと指先でつついた。少年の顔に万面の笑みが広がる。 「明日もここへおいで。まだ誰にも聴かせていない、とっておきの物語があるんだ。  教えてあげるから、それを詠ってみてごらん。君だけの声、君だけの音色で」 遠くから声が聞こえた。御飯よ、早くかえってらっしゃい。少年の母親だろう。 少年はまた明日ね、と言うと、子供らしく、弾むように駆けていった。 声が紡いだ物語を風が運び、石造りの古き街に染み込ませる。 物言わぬ石たちに寄り添う木々だけが、嬉しそうに身体を揺らしている。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― …中世祭り、もっかいやりたいなあ。