『緑の風と今の街』 いつも通い慣れた道が出来たのと一緒に、滅多に通らない道が出来た。 自分の住んでいる街だけど、子供の頃に比べたら、随分知らないことが増えたと思う。 ほんの数年前までは知っていたけど、「今」は知らない街。 ちょっとした気まぐれで、僕はその街を歩き回る。 そういえばこの辺りをよく遊びまわっていたっけ。 広場で、友達の家で、小学校の近くで。 何をしていたかは覚えていない。 思い出そうとしても、何処から拾ってきたか分からないような 映像のピースが浮かんで消えるだけ。 どんなに楽しかったかは分からない。 それらは今の自分には引き返せないくらい 遠い遠い、そのまた先の道にあるんだろう。 それでも僕は必死に昔の景色、みんなの姿を見ようとした。 ざわり。 鳥の鳴き声、鐘の音、車の走り抜ける音、春風の匂い。 きまぐれの時間旅行は、今の街によって、あっという間に 引き戻されてしまった。 どうせ行き先も分からないんだし、もう少し散歩させてくれても いいじゃないか。 あと、もう少しだけ、この知らない街を歩こうか。